東京地方裁判所 平成6年(ワ)10895号 判決 1995年7月10日
原告
エドウィナー・ゲール
被告
日動火災海上保険株式会社
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告は、原告に対し、九五万円及びこれに対する平成六年六月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、交通事故による負傷によつて残存した左上肢の線状痕が自賠法施行令二条の後遺障害別等級表記載の後遺障害第一四級四号に該当するとして、自賠責保険会社である被告に対し、自賠法一六条一項に基づき、前記後遺障害の保険金七五万円及び弁護士費用二〇万円の計九五万円を請求した事案である。
一 争いのない事実等
1 交通事故の発生及び原告の負傷
平成四年六月一三日午前五時五〇分ころ、横浜市中区港町六―三〇先市道上で、訴外パトリツク・ロバート・ボスウエルが運転する原動機付自転車(以下「加害車」という。)が転倒したため、同乗していた原告が負傷した。このため、原告の左上肢の外側に肘を挟んで上腕部から下腕部にかけて長さ一一センチメートル、幅〇・六センチメートルの線状でケロイド状の傷痕(以下「本件傷痕」という。)が残存することになつた(甲四、乙二の1ないし3)。
2 自賠責保険契約の存在
被告は、加害車を被保険車とする自賠責保険契約を締結していた自賠責保険会社である。
3 本件傷痕の評価
本件傷痕の状況は、原告の左上肢の露出面に残存している。
二 本件の争点
本件傷痕が、後遺障害第一四級四号の要件である「手のひらの大きさの醜いあとを残すもの」と評価できるか否かである。
第三争点に対する判断
一 自賠法施行令二条が、上肢の露出面に手のひらの大きさの醜いあとを残した状態をもつて、自賠責保険金を支払うべき後遺障害(第一四級四号)として評価したのは、当該被害者が他の人々との接触や付き合いを行つた際、第三者の目に触れ得る上腕部分にかなりの大きさを占める醜状がある場合には、直接同人の視線が向けられる顔に傷痕が残るような場合ではないにせよ、同人の注目を引き、同人をして見にくいと思わせ、その結果、右被害者が就労等の社会生活を営む上で少なからぬ支障や不利益を被るであろうということに配慮したためであると考えられる。
したがつて、交通事故の被害者の上肢の露出する部分に残存する醜状痕が「手のひらの大きさ」であるといえるか否かを判断するに当たつては、その醜状痕の表面積の大きさが単に当該被害者の手のひらの同程度の面積に相当するか否かという観点のみならず、その醜状痕の傷の深さや形状、広がり等を総合的に勘案して判断するのが相当である。
二 前記争いのない事実及び前記認定事実によれば、本件傷痕は、ケロイド状であるから醜い状態にあると認めることができるが、その長さが一一センチメートルであるのに対して幅がわずか〇・六センチメートルに過ぎず、その面積自体、手のひらのそれに遠く及ばないばかりか、半袖のブラウス等の衣服や手で被い隠そうとすれば容易に隠すことができるか又は隠すことができないとしてもかなりの部分が他者の目から被い隠すことのできる程度の大きさないし広がりの傷痕であること、その形状がほぼ直線状であり上肢の多くの部分に醜く広がつているような状態ではないことからすると、本件傷痕が「手のひらの大きさ」の程度に至つた醜状痕であると認めることはできない。
三 よつて、原告の本件傷痕は、前記後遺障害第一四級四号に該当すると認めることができないから、原告の請求には理由がない。
(裁判官 渡邉和義)